第14回(2008年7月度)勉強会のお知らせ

第14勉強会は、7月12日(土)14:00~18:00に
下総中山にて開催いたします(詳しい場所は個別にメールします)。
逐語検討、ロールプレイ(録音)を予定しております。

今回はトレーナーの方がお見えになります。

参加を希望される方へ。
参加方法につきまして改定を行いました。
詳しくは管理人までおたずねください。

参加希望の方は、コメント欄にその旨記載されますと、
個人情報が公になってしまう可能性がありますので、
必ず、ブログの右にあります「メール送信」、
もしくはプロフィールの中の「メールを送信」から
「第○回勉強会参加希望」の表題をつけてメールをお送りください。
ホームページからも受け付けております。

http://ichigo-co.com

また、コメントへの実名記載もお気をつけくださいませ。 注意点
・参加は産業カウンセラー養成講座修了者または類する講座の修了者に限ります。    
・場所代など実費負担があります(初参加の方は1,000円)。
・録音用のテープとお持ちであればレコーダーをご持参ください。
・充実した勉強を行うため、参加人数を制限させていただく事があります。
*このブログにリンクされているものは「いちごカウンセラーの会」と
 関係のあるものではありません。「ココログ」の仕様によるものです。

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第13回勉強会報告

6月15日(日)に、第13回勉強会を行いました。
今回の参加人数は8名でした。
トレーナーがお見えになりました。

今回の勉強内容は下記のとおりです。
・心理テストによるアイスブレイク
・逐語検討90分×1人
・トレーナーによるモデリングロールプレイ
・10分×3人×2組のリレーロールプレイ

次回の勉強会は7/12(土)に船橋市にて開催予定です。

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6月15日勉強会の概要

6月14日が東関東支部の総会のため、
今回の勉強会は6月15日の日曜日に行います。

従来より1時間早い13:00スタート予定です。
内容は下記を予定しています。
・アイスブレイク
・逐語検討
・トレーナーの方のモデリングロール
・ロールプレイ

参加希望の方はブログにリンクされているメールより
お問い合わせをお願い致します。

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交流勉強会を行いました

水戸の勉強会「すぺーす051」様と交流勉強会を行いました。
9:30からスタートして、代表者方式のロールを3名行い
皆で振り返りをしました。
12:30より会食、14:00より弘道館、偕楽園を案内していただきました。
幸いな事に天気にも恵まれ、渋滞にもかからず、道中無事でした。
機会があればまたやりたいですね。

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いちごの一冊(癒しの森)

癒しの森(加藤清=監修)

「心理療法は個々の人の無意識の中にある個々の心理的病因を探し出して、それを除くという仕方である。したがって個別的な病を個別的に治療していくのである。ところが禅では「度一切苦厄」(どいっさくやく)とか「究意解脱」(きゅういげだつ)というように、一切のものに緊縛されない「自己」に目覚めることによって一度に一切の病から解脱するのである。もしも治療が個別的であるならば一病去って一病来るまで、われわれは永遠に病から脱することはできないだろう。悪無限性はこの治療の宿命的な悩みである。」

「心理療法は人間存在の深い業を担った無明性がどのようにたくみに丸め込まれてゆくかに尽きるのであるが、この治療方の悪無限性を突破することは容易なことではない。」

「一点において一切を転ずるということは、物理的時間において突然行われるものではない。このことは機縁が熟した臨界点で病的苦悩が根本から変容しつつ、数珠のそれぞれの珠として丸く収まっていくように、着実に大いなる癒しの道を歩んでゆくこととして臨床的に理解されるであろう。」

まえがきに記されたこの言葉がこの本の全体を通じて述べられているように思いました。

この本は副題が「心理療法と宗教」とあるように、8人の心理臨床家によって、それぞれの考えが述べられています。

例えば「心理療法において宗教をなぜ問題とするのか」や「行と心理療法」「治療者としてのイニシエーション(通過儀礼)と宗教的なイニシエーション」などの章を設けて、それぞれの思いが記されています。

少しではありますが「トランスパーソナル心理学」についても述べられています。

私には、考えさせられるところの多い本でしたが、まったく違う捉え方をする人もいると思います。

今は漠然とした感覚しかありませんが、心理臨床を考えて行くとこのような考え方も一つの道として見えてくる場合もあるだろうと思っています。

デカルトの有名な言葉に「我思う、ゆえに我あり」という言葉があります。この言葉をいままでは当然だと思ってきたのですが、この本を読んで少し考え方が変わりました。

日本では私があって経験があるというよりも、経験があって私がある。

逆説的な言い方で、どこが違うのかと思われるかもしれませんが、この逆のところに日本の考え方があると今は思っています。

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第13回(2008年6月度)勉強会のお知らせ

第13勉強会は、6月15日(日)13:00~18:00に
市川にて開催いたします(詳しい場所は個別にメールします)。
逐語検討、ロールプレイ(録音)を予定しております。

今回はトレーナーの方がお見えになります。

参加を希望される方がおりましたら、ブログの
プロフィールに連絡先リンクをはってありますので
参加方法などおたずねください。
管理人へのメールでも受け付けます。

初参加の方は、コメント欄に参加表明をされますと、
個人情報が公になってしまう可能性がありますので、
必ず、ブログの右にあります「メール送信」、
もしくはプロフィールの中の「メールを送信」から
「第○回勉強会参加希望」の表題をつけてメールを
お送りください。
ホームページからも受け付けております。

http://ichigo-co.com

また、コメントへの実名記載もお気をつけくださいませ。

注意点
・参加は産業カウンセラー養成講座修了者または類する講座の修了者に限ります。
・場所代など実費負担があります(初めての参加の方は1,000円)。
・録音用のテープとお持ちであればレコーダーをご持参ください。
・充実した勉強を行うため、参加人数を制限させていただく事があります。

*このブログにリンクされているものは「いちごカウンセラーの会」と
 関係のあるものではありません。「ココログ」の仕様によるものです。

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いちごの一冊(裏庭)

裏庭(梨木香歩)

「丘のふもとのバーンズ屋敷には何か秘密があることを、当時そのあたりの子供なら誰でも知っていた。」

こういう文で始まります。

主人公は照美という思春期の少女です。双子の弟を6年前に亡くしてからは一人っ子で、父母は小さいレストランを経営していて、照美は一人でいることが多くなっています。

バーンズ屋敷にある裏庭が、その秘密の舞台になります。裏庭という言葉には、それだけで秘密が隠されているような感じがします。

物語は、戦争前にこの屋敷に住んでいたバーンズさんの娘達の話を交えながら、いわば過去と現在を取り混ぜながら進んでいきます。

そこに照美自身の過去を織り交ぜながら、物語は続きますので、だんだんと不思議な世界に引き込まれていきます。

「フーアーユー?」鏡の中からの声に照美は自分の名前を答えます。「テルミー」そして「アイルテルユー」という声と共に鏡の中に入っていきます。

この物語は生と死、過去と現在、生まれた意味、心の複雑さ、人と人が分かり合えること、さまざまな要素を含んでいきます。

裏庭という非現実的な空間の設定があって、はじめてなせる業なのでしょうか。

かってここに住んでいた娘達と照美の両親との触れあいや、その周りの人たちとの関係が、物語の中で結びついていきます。

さて最後の解説を「河合隼雄」が書いていることにも驚きました。

私はこの物語を読んでいて、随所に心理療法的なものを感じていました。だから解説に河合隼雄が登場したことに驚いたのです。

人の心の動きについて、真摯に向かい合いあいたいと考えている私には、この小説がもつ雰囲気がとても気になります。この作者の本は、これで2冊目ですがもっと読みたいと思っています。

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第12回勉強会報告

5月10日(土)に、第12回勉強会を行いました。
今回の参加人数は10名でした。
トレーナーがお見えになりました。

今回の勉強内容は下記のとおりです。
・要約練習5分×3
・逐語検討90分×1人
・15分のロールプレイ4人×2
・振り返り

次回の第二土曜日は、
東関東支部の総会と重なるため、
6/15(日)に本日と同じ市川での
開催となる予定です。
6/14(土)の総会へ参加できる方は率先しての
ご参加をお願い致します。

別途、6/1(日)に他の勉強会と
交流勉強会を開催致します。
会員限定ではありませんので
ご興味のある方はお問い合わせください。

では。

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5月10日勉強会内容

5月10日開催の第12回勉強会の内容です。

・自己紹介・情報交換等
・要約練習 ※
・逐語検討  
・ロール 15分×3人
・振り返り


※要約練習の方法
3人1組になり1人が3分間話す。残り2人が
1分間ずつ要約を行う。
人を変えて繰り返す。
話の内容:キーワードが書いてあるカードを引き、
そのキーワードにそって話す
*キーワードをかいた紙はこちらで用意する予定です。


今回はトレーナーの方がお見えになります。

6月の勉強会は、東関東支部総会への出席のため、
第2土曜日開催ではありません。日程は調整中です。

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いちごの一冊(甘えの構造)

甘えの構造(土居健郎)

土居は、日本の精神分析は古澤平作なしには語ることができないという、その古澤の弟子です。

古澤は自分の臨床経験から、父子関係を中心に語る欧米の患者と違って日本の患者は母子関係を中心に語りやすいという事実に気がつきました。そこから「あじゃせコンプレックス」の概念を発達させました。

その弟子である土居はフロイトのリビドーと違う甘えなる欲求が日本人の心の中にあって、この内的な処理をめぐって神経症が起こると考えました。それは日本人特有の依存性を重視した認識といえます。

本は甘えの言語的起源からはじまって甘えの病理へと進みます。例えば「とらわれの心理」では森田療法にふれて「ある感覚に対して、注意を集中すれば、その感覚は鋭敏となり、この感覚鋭敏はさらにますます注意をその方に固着させ、この感覚と注意とがあいまって交互に作用して、その感覚をますます強大にする。」

森田療法では、このとらわれが神経症状を引き起こすと考えます。

そこから土居は次のような結論を引き出します。

「すなわちこの種の患者は甘えたくても甘えられない心境にあり、そこに彼らの基本的な不安が胚胎する。」

甘えの原型は母子関係における乳児の心理から、「乳児の精神がある程度発達して、母親が自分とは別の存在であることを知覚したあとに、その母親を求めることを指して言う言葉である。」と土居はいう。したがって「甘えの心理は、人間存在に本来つきものの分離の事実を否定し、分離の痛みを止揚しようとすることである。」と定義されています。

観察者からみて行為者は、自分の不適切な行動や欲求が相手に受け入れられることを期待している、と考えられるときに、観察者はその行動や欲求を甘えと呼びます。

ここには二つの要素があります。第一にその行動や欲求が不適切なものであること、第二に相手に受け入れられることを期待していること、の二つです。

ところで、甘えの基底には他者に無条件で受け入れて欲しいという、自分にとって都合の良い願望があると思われ、、そのような願望はどの文化にもありうるとすれば、甘えは日本人特有のものではないと考えられます。

そうであっても文化が、その土地に住む人の心理的な働きに影響を与えていることは間違いがありません。そう考えると「甘え」という日本人なら、感覚で捉えることが可能な考えは、その特殊性をあらわしていると思えます。

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